統合失調症の息子│ギャンブル依存を疑った時期

統合失調症の妄想の症状が出る前、うつ病から双極性障害と診断名が変わるころ、いや実際は高校を卒業したころからでしょうか。
息子はパチンコ屋に通いスロットをやっています

仕事に行けていたころは特に気にせずにいた私ですが、うつ病から双極性障害と診断され、仕事に行けないようになってから、パチンコ屋通いをする様子に納得ができず、パチンコは止めるように息子に話すと「わかった!」と返事はするのですが、どうしてもやめられない様子をみて、これはギャンブル依存なのでは?と悩むようになりました。

ギャンブル依存について調べてみると頭を抱えてしまう内容でした。
クリニックの医師に相談しても「無理に止めても意味がない」と言われ八方ふさがりの状態が続きました。

うみ

パチンコを止めない息子と口論すると、息子は逃げるように家を出て父親の家に住んだり、そうかと思うと私と一緒に住むと言って戻って来たりを繰り返していました。

この頃は、まだ妄想の症状がなかったのでクリニックの医師から統合失調症と診断されておらず、息子は病気なのだろうか?病気だとしたら何の病気なのか?

わたしはどうすればいいのかといつも悩んでいました。

ウイークリーマンションで暮らしている時に統合失調症の陽性症状に!

息子が統合失調症の妄想症状を発症したのはひとりでウイークリーマンションに住んでいる時でした。

父親と暮らしていた家に霊がでると言い出し、自分でウイークリーマンションを契約し住み始めてから3ヶ月目のことでした。

この後、辛い妄想の症状に悩まされ入院することになります。
(01~30までの闘病記をご覧ください。)

数日の入院後に退院したのですが、統合失調症を患い妄想の症状が強くあった頃はパチンコ屋に行く様子はありませんでした。

その頃の息子は温水プール通いをして体力作りとダイエットに集中していました。
パチンコは好きでやっていたわけではないし、今は行きたくない」と息子は話していました。

しかし妄想の症状が落ち着くにつれパチンコ屋通いは再開されました。

納得できない私は「スロットをやるなら一緒に暮らせない」と伝え、息子は「わかった!いかないよ!」と約束をするのですが実際は止められずにいました。

わたしは仕事の休みの日に何度もパチンコ屋に行っては息子を説得するのですが、次第に息子は開き直り「スロットは止められない。母さんとは暮らしたくない、アパートに住みたい」と言い出すようになりました。

ウイークリーマンションで住むという息子をなんとか説得し、このままでは私も息子も疲弊するので、いったん私が折れる形でスロットを許可することにしました。

現在はこの状況にあります。2021年4月30日

この件はクリニックの医師にも就労移行支援事業所の職員の方にも伝えてあります。

就労移行支援所には毎日通い、帰りにスロットをやって帰る日が続いています。

統合失調症の息子│退院から3度目のゴールデンウイーク

今朝は家を9時に出てパチンコ屋にいっています。

「この頃はスロットをやっても疲れなくなった」と息子は言います。

「疲れなくなったのは良かったね」と答えますが、私の心中は複雑です。

このゴールデンウイーク、息子は5日間の連休があるそうです。

どうにもできないことですが色々な心配が入り混じっています。

母の日のプレゼントは何がほしい?

息子は私に聞きてくれました。

うみ
  • 私が体験した統合失調回復のためのステップ7+1」と「精神障害者のあなたが働くということ」の2冊の冊子をよんでくれること
  • 愛犬のコーギーにおやつ

53歳の母の日プレゼントはこのふたつをリクエストしました。

「私が体験した統合失調回復のためのステップ7+1」はぜひネット検索してください。
ピアカウンセラーの方のブログです。おススメします。

まとめ

もしかしたらギャンブル依存かもしれません。

でも、息子は就労移行支援事業所に休まずに通っています。
そこで実習を受けるために必要な障害者手帳の取得するために医師に電話をしていました。

就労移行支援事業所ではムードメーカーとして仲間と楽しく過ごしています。

今はこれで十分です。

再発しないことだけを願って。

今日も私は夕方からグループホームに出勤します。

うみ

記事をいつも読んでいただきありがとうございます。

現在、息子は就労移行支援事業所に通いながら一般就労を目指しています。

見学して自分の通いやすい施設を探すことが大切です。参考にしてくださいね。